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┃ 日本データベース学会 Newsletter
┃ 2022年11月号 ( Vol. 15, No. 6 )
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本号では若手研究者の方々の対談記事を企画しました.
今回は産学両面で参加をお願いし,
一橋大学,株式会社 LegalForce,富士通株式会社の方々に参加いただき,
多様な意見を交換する対談になりました.
研究者を志す若い学生の方のご参考になればと思います.
本号ならびにDBSJ Newsletterに対するご意見あるいは次号以降に期待する内容
についてご意見がございましたらnews-com [at] dbsj.orgまでお寄せください.
日本データベース学会 広報委員会
(担当編集委員 駒水 孝裕)
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対談企画について
駒水 孝裕(名古屋大学)
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昨今の感染症対策のために,研究者同士の交流が薄れつつある現状から,特に若手
研究者同士の交流機会になればと思って企画しました.対談の形を取ることで,よ
りそれぞれの思いを感じ取れる記事になったと思いますので,ぜひご一読いただけ
ると幸いです.
今回の対談には,以下の3名にご参加いただきました.
- 欅 惇志(一橋大学)
- 神田 峻介(株式会社 LegalForce)
- 西口 侑希(富士通株式会社)
対談では,以下の質問を設定しました.
1. 氏名と所属と現在行っている研究を教えて下さい
2. 現在の職場で研究を行おうと志したきっかけや理由を教えて下さい.
3. 取り組んでいる研究業務中で達成感を感じたこととその理由を教えて下さい.
4. 学生の頃と比較して自分が成長したと思うことを教えて下さい.
5. 今後に取り組みたいことを教えて下さい(キャリアパス,研究テーマ,気になる
技術など).
6. 後日談:今回の対談企画に参加した感想を聞かせてください.
以下,上記質問に沿った対談の内容になります.お楽しみください.
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◎氏名と所属と現在行っている研究を教えて下さい
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♣欅
欅惇志と申します.一橋大学のソーシャル・データサイエンス教育研究推進センタ
ーに所属しております.来年度からソーシャル・データサイエンス学部が一橋大学
に開設されて,そちらに移る予定ですが,今はセンター所属になっています.現在
行っている研究なんですけれども,大規模言語モデルの情報検索に特化した手法の
研究させていただいてます.あとは,来年学生さんが入ってきたときに企業の方と
一緒にプロジェクトに取り組みたいという話があって,共同研究の準備をさせて頂
いたりしています.
◆神田
神田峻介と申します.株式会社 LegalForce の LegalForce Researchという
研究部門で研究者として働いています.弊社で主に扱う自然言語処理や情報検索の
要素技術の効率化を主軸に研究をしていて,論文をはじめとした対外発表が大きな
役割の一つとしてあります.あとは,技術を開発で使いやすいように,ライブラリ
を構築したりとか,最終的にはOSSとして公開したりっていうことを今はやってい
ます.
★西口
西口侑希と申します.富士通株式会社研究本部のコンバージョンテクノロジー研究
所で,ソーシャルデジタルツインの研究開発を行っています.複雑な社会課題を解
決するために立案される施策は効果がよくわからなかったり,思わぬリスクが潜ん
でいたりします.そこで,例えば人や車両,それらのふるまいや関係性,社会その
ものをデジタルツイン上でモデル化することで,事前に施策を多面的に効果検証し
たり,よりよい施策を提案したりできるようにしようとしています.施策実行後の
世界の変化を見守りながらあるべき姿に誘導していくといったようなことも考えて
います.
♣欅
最近はOSSの活動を一生懸命やってる企業がちらほらあるイメージがあるんですけど,
そういう活動をやっておくことで世の中の人に目を向けてもらいやすいからという
意図が社内的にあったりするんですか.
◆神田
もちろん技術的広報という側面もありますが,例えばVibratoなどの形態素解析器
については,あまり社の方針とかではなくて,自分たちでこれ強いのできそうだよ
ねって作ったらできたので,それをOSSにして公開しているというところですね.
♣欅
それはカッコイイですね.なんか良いもの出来たから,ほかの人の使っていいよと
言うのはなかなか懐が深いというか.
◆神田
西口さんの研究のデジタルツインについて,素人の僕からするとこう原宿を再現す
るみたいなのが,パッと浮かぶんですけど,実際にはどういうものを再現するんで
すか.
★西口
そうですね.今見えている,測定できるものだけを単にビジュアル化して終わりで
はなく,それらのつながりや関係性などの見えない部分も含めてデジタル空間で再
現します.リアルタイムの状況だけでなく,未来がどうなっていくのかも含めて,
例えば都市レベルで再現したいと思っています.
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◎現在の職場で研究を行おうと志したきっかけや理由を教えて下さい.
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♣欅
自分はもともと博士課程を出た後に,東京工業大学で5年間助教をしたんですね.そ
のあとの自分の市場価値みたいなのをあげようと思った時に,企業のことも知って
た方が,自分自身の成長につながるかなって思ってデンソーアイティーラボラトリ
という企業で働いてました.その3年間でいろいろと学ばせてもらって,自分に足り
ていないこともたくさん気付かせてもらってとても感謝してます.それで前職では
非常勤講師とか大学との共同研究とかもさせて頂いて,学生さんが楽しそうに研究
している姿を見たり成長したなぁって感じる瞬間があると,やってよかったなって
思ったりしました.会社やデンソーグループ企業のために働くこともとても充実感
があったんですけど,大学で社会に出る準備をお手伝いする役割も,自分にもでき
ることが結構あるのかなと思ったので再び大学に戻ることに決めました.企業を経
験したからこそ自分にとって教育に対する思いの大きさに気付けた気がします.
◆神田
私は博士を取った後に国立の研究機関で,アカデミアのポスドクとして3年ぐらい
働いて,その後に企業に移ったんですけど,企業に移った理由としては,いろんな
人に出会って視野を広げようかなって思ったぐらいのことでした.自分が大学で教
育者として働くイメージもつかなかったので,プレイヤーとして生きる道を考えた
ときに,企業でこう実用的なソフトウェアを開発する方がマッチしてるのかなって
いうもありました.NLPに興味を持ってJob Descriptionをいろいろ見ていたら,
今の研究所が最もイメージに近かったので.今の所を選びましたね.
★西口
私は修士修了で就職しましたが,社会にインパクトを与えられるような技術を開発
したいという思いがありました.当時,自分の研究を通して「こんな世界が実現で
きたらいいな」という思いがあったのですが,その世界感と富士通のビジョンが一
致しているなと感じたのが富士通を選んだ理由です.企業に入社後,学生時代の研
究分野にそのまま携わる人ばかりではないですが,新しい技術分野に挑戦するにし
ても,目指すべき方向性があっていた方が楽しく仕事ができそうだなと思ったので
す.
♣欅
会社を知るときに,こんなプロダクト作ってますよみたいなのは,結構すぐ調べら
れると思うんですけど,会社のビジョンを知るにはどういうやり方がいいのか,お
聞かせいただけると嬉しいです.
◆神田
ビジョンは実際に中の人に聞かないと特にエンジニア視点からだとわかりにくい部
分があるなって思って,自分はまず学会のスポンサーになっていて話が聞けるとこ
ろで絞り込みましたね.学会のスポンサーになってるということは,研究者にもあ
る程度理解があるでしょうし,スムーズに行きやすいのかなっていうところですね.
で,その中でLegalForceを以前からよく見かけていたので,ちょっと話してみる
と,ここで働けそうだって思って決めました.
★西口
私は社会勉強も兼ねていろいろな職種で就職活動をしていましたが,パンフレット
や説明会で会社のビジョンに触れることが多かったですね.あとは社員の方とお話
する中で感じることも多々ありました.富士通の研究所に興味を持ったのも研究所
の方にお話を伺って,ビジョンや目指している世界を実感できたのがきっかけでし
た.
★西口
多分,理系の学生にとって,学部で卒業するのか,修士に進学するのか,あるいは
ドクターに進むのかという進路の分かれ目は,みんな悩むと思うんですけれど,お
二人が博士課程に進学されたきっかけや理由があればお聞きしたいです.
♣欅
自分が博士課程に進んだ時の状況は,超優秀じゃない人が修士から就職して研究で
きるイメージがなかったので,自分は博士課程に進んだっていうのが大きいんです
ね.自分が修士一年の冬に,とある先生と話した時に「もし進学しなかったら10年
後後悔しないか」って言われて, 絶対後悔しないとは言い切れなかったので,進学
しようと思って行ったんですね.すぐに博士課程に進んだ方が絶対に得るものがあ
るんだって学生はもうどんどん進んだら良いと思うし,将来設計とかに不安があっ
たりだとか,あとは自分が博士課程を楽しめるか自信がなかったりする人とかは,
社会人博士とか,数年間働いてから博士課程に戻るという選択肢もあるかなとは思
います.
◆神田
一言で答えると,修士で就活がしたくなかったというのが理由ですね.研究も好き
だったし,大学っていう組織自体も好きだったので,博士が自分の中で多分一番性
に合っているんだろうなとも思っていました.ただ,やっぱり漠然とその先の進路
とかが具体的に見えない怖さがそこにはありました.特に僕は地方大学の出身で,
博士に進むって圧倒的にマイノリティなんですね.後押ししたのは,修士の時に一
本論文を論文誌に通していたことです.一本何か通しておくと余裕が持てるので,
やっぱり修士の時に研究活動を頑張るのは大切だったなというのを改めて思いまし
たね.
★西口
就職活動をしたくないとおっしゃってた神田さんが数年後,企業で活躍してるって
いうのがちょっとイメージが出来て面白いですね.
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◎取り組んでいる研究業務中で達成感を感じたこととその理由を教えて下さい.
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♣欅
つい先日,ようやく設置審が認められて来年度から新学部ができるというのはすご
い達成感があったんですけど,これは研究ではないですよね(笑).前職の経験だ
と,技術的な課題を抱えているお客さんと仕事してるときに自分の知識や技術で課
題を解決できたり性能が改善したりとか,そういう手応えがあった時とかは一緒に
議論して仕事をさせてもらってよかったなっていうのをすごく思いました.
◆神田
一番良かったなって思うのは,自分が作った技術とかライブラリにコメントを貰っ
たときですね.有名な研究者に「君の手法知ってるよ」とか,「君のライブラリ使
ってるよ」みたいなこと言われた時が一番嬉しかったですね.今はOSSを開発する
ことが多いんですけど, GitHubでスターの数が100を超えたりする時も達成感を
感じますね.
★西口
やはり技術的な問題を解決するためのアイデアをいろいろ出して,実装して,製品
に組み込まれることですね.特に自分の手を離れる前のテストが通ったときに達成
感を感じました.もちろん,それに付随して論文を書いたり,学会発表したり,特
許を取得したり,そういった一つ一つも大事な仕事なので,終わるとホッとします.
◆神田
西口さんに質問なんですが,富士通さんぐらい大きい企業になると一個のプロダク
トもかなり巨大なものになると思っていて,自分のアイディアをそのプロダクトに
組み込むまでに,想像しがたい苦労があるのかなっていう邪推するんですけど,プ
ロダクトに組み込まれるまでで,一番越えなきゃいけない壁が特にあるとすれば何
でしょうか.
★西口
「一番の壁」なのかはわかりませんが…製品を作る時に意識しているのは,凝った
ものをあえて入れないことですね.作り込みすぎてしまうと,そこがバグの温床に
なってしまう可能性もありますし,テストの工数を増やすだけになってしまうかも
しれない.本当に実装すべき機能は何か,どう実装すべきなのかはよく考えながら
取り組んでいます.
◆神田
今の意見は僕もものすごく共感出来ます.技術的に明るいところはかなり凝ったこ
とをついしちゃうんですけど,やっぱ改めてほかの人に使ってもらうとすると簡潔
さとか,メンテ効率の方が価値があって,何かその妥当なところを探すのは確かに
そうですね.
★西口
先ほどの神田さんの「OSSでの貢献について直接声をかけてもらえた」というご経
験がとても素晴らしいなと思って聞いていました.憧れの人とか,他の人からきち
んと自分の功績が認められているんだって実感するのは,すごく嬉しいことですよ
ね.
◆神田
そうですね.それについて思うのは,優秀な研究者の方って,その辺りでも上手い
なと言うか,フランクにそういうこと言ってくれる人が多いなと思っていて.そこ
は見習わなきゃいけないなって思っています.
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◎学生の頃と比較して自分が成長したと思うことを教えて下さい.
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♣欅
単に年をとって丸くなっただけなのかもしれないんですけど,学生や助教の頃はあ
んまり真剣に研究に取り組んでない人のことを割とネガティブに捉えてた時もあり
ました.今となっては学生が自分のやりたいことを見つけられて頑張りたいってい
うのは,何であれ最大限応援するべきだと思う気持ちが割と出てきたというところ
が,教員として成長したというか余裕が出てきたかなと思います.
◆神田
他人と議論する能力は,ちゃんとついたなあって思いますね.学生時代は結構,一
人で黙々と研究することが多かったんですが.いまの職場では異なる専門性とか背
景を持つ人たちの中で話すことも多くて,今まで自分が学生時代やってこなかった
ことをしていると思うことが多いですね.もう一つ言うと,ドキュメンテーション
の能力ですね.文書化して社内に残すことは大事だと感じる機会が多くて,その中
でドキュメンテーション能力はちょっと上がったのかなって思います.
★西口
ビジネス視点を持てるようになったのは大きな違いだと思います.世の中の技術動
向や他の会社が同じような技術分野でもどのようにアプローチされようとしている
のか,異業界でもビジネスモデルはどうするつもりなんだろうとか,などを考える
ことが多くなったなと思います.あとは,神田さんもおっしゃっていましたけども,
バックグラウンドが多様な方と一緒に仕事をする中で.自分の発言や資料が意図し
た通りに伝わるのかといった,コミュニケーションをより一層気にするようになっ
たことも成長したことかもしれません.
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◎今後に取り組みたいことを教えて下さい(キャリアパス,研究テーマ,気になる
技術など).
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♣欅
現在の職場になって,まだ同僚たちと研究の話を全然したことが無くて,お互いど
ういう分野の人かっていうのをぎりぎり知ってるぐらいの状況なので,もうちょっ
とお互いを知って,共同研究ができると面白そうだなと思っています.共通項を何
とか見つけ出して予算を取りに行ったりとか,ちょっとしたプロジェクトを一緒に
やるとか,今後して行きたいところですね.
◆神田
キャリアパスについては企業かアカデミアかみたいなことはちゃんと考えてなくて.
面白そうなところに,その時々に行くんだろうなって思ってます.今後取り組みた
いこととしては,実は素晴らしい技術なのに使いにくい技術とかをちゃんと使える
形にしていったり,問題設定を一般化したり,そういう整備をしたいって思います
ね.OSS開発については,巨大なプロジェクトよりはニッチなところを作り込んで
いくのに興味があります.
★西口
技術的にも優れているし,世の中のニーズにもマッチしていて,ビジネスとしても
成功する…そんなプロジェクトに取り組んでみたいなと思っています.これまでの
キャリアを振り返ると自分の知らない分野にいろいろ挑戦できて面白いんですけれ
ど,カバーできる領域が増えつつも,専門性が深めにくいこともあるので,そのあ
たりが今の自分の課題かなと思っています.
★西口
神田さんの技術やOSSの整備というお話に関連して,最近のトップカンファレンス
だと,実験コードや実験環境をDockerでそのまま提出することで再現性を担保し
ようとする流れがありますが,全部そのようにして行くべきだと思われますか?
◆神田
そうですね.特にAI系については再現性が怪しい部分がイシューとして上がってき
てますね.全部が全部そうする必要はないと思うんですけど再現性が担保できる形
を推奨する動きは学術的にはいい方向なのかなって思いますね.他人が動かせない
ソースコードを提出されても,やっぱり価値がないし,その研究結果が間違ってる
かもしれないので,それを防ぐためにも僕はポジティブな動きだと思っています.
◆神田
欅さんに質問なんですけど,学生さんが博士課程に行こうかな,行きたいなとか迷
っているときに全員で博士行っていいよっていうわけでも実のところ無いと思うん
ですよね.やっぱりそれなりにリスクがあると思います.どういう人は博士に向い
ているっていう基準をもっていれば,ぜひお聞かせていただきたいです.
♣欅
博士に行ってもいいと思える条件はメンタルの強さというか,うまくいかない時に
も,弱り過ぎない最低限の心のバリアを持ってるかどうかだと思います.一番悪い
のは,何もできなくなって何ヶ月間も自分の中だけに閉じ込っちゃうことですね.
そういう学生は働きながら,ちょっとずつでも研究する方が良いんだろうなと思っ
てます.よっぽど能力が足りてなさそうなら進学を止める事もあるのかもしれない
んですけど,研究に対する姿勢っていうのが博士課程の向き不向きに一番大事だと
は思うので,自分の見える範囲でその学生に研究者の適性があるかないかがなんと
なくわかれば,博士課程進学もどう?っていうのを勧めてみるかもしれないかなと
いうところですね.
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後日談:今回の対談企画に参加した感想を聞かせてください.
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♣欅
対談経験がほとんどなかったのでその場で言葉にするのがとても難しかったですが,
神田さんや西口さんの思慮深い考えにはとても感銘を受けましたし,とても楽しか
ったです.そして何よりも素敵な企画にお声がけ頂き駒水先生ありがとうございま
した&お疲れ様でした!
◆神田
参加者の1人として純粋に楽しかったです.大学の先生や大企業とスタートアップ
の研究者が集まって,ここまでガッツリと話せる機会は滅多に無いのでとても有意
義でした.DBSJ Newsletterでの対談企画は初の試みとのことでしたが,内容が文
書として残るのは有益だと思いますし,私も他の方の対談内容を読んでみたいので,
大変だとは存じますが2回目,3回目を心待ちにしています.
★西口
普段の業務ではかかわることができない皆様とお話することができてとても刺激的
でした.自分自身を振り返って今後のキャリアパスを改めて考えるきっかけになり
ました.
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Takahiro Komamizu
Ph.D. in Engineering
Nagoya University
E-mail: taka-coma(a)acm.org